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事実の裏付けのない“一般論”は自社の問題に使わない

経営に興味のある学生や、管理職の人達また文字通り経営に携わっている経営者たちの中には熱心に本を読んだり、講演会に出かけたりして、大事な考え方を学んでいる人たちがいっぱおられる。
そして、それらの学びを、日常の事業運営で活用しようとする。これ自体は素晴らしいことだと思う。
ただ、時々、経営者や管理職のひとたちと討議していて気が付くことは、一般論として正しい考えではあるけど、自社の現状を正確に理解していないで、これらの一般論を使う傾向がいかに多いかということ。
例えば「国内市場は成長していないので海外に行くべきだ」、「現在の事業では成長には限界があるので、新規事業に取り組むべきだ」、「成長の可能性のある分野に積極的に投資をする」、というような“新たな成長を達成する上での重要な考え方”も、市場の魅力度や自社の実力度合や、その事業での成功確率に対する読みを事実ベースで評価できていない場合は、これらの考えは全く役にたたないどころか、会社を崩壊に至る道に誘導することになる。
一般論は一般論として正しいものの、これらの一般論が有効に働くのは“事実ベース”で自社を取り巻く環境や自社の現状を理解したうえで、しか起こらないことを肝に銘ずるべきだと思う。

 
リスクを取る話も、新規市場に参入することも、初めにこれらの考えがあって行動するのではない。
 
市場の魅力度や競争環境を理解することはもちろんのこと、自社の財政状況、バリューチェーン(VC)の競争力の度合、VCの各要素の連携がうまく取れているのか、またこれらの売上をあげる戦略軸の実現を可能とするインフラが整っているのか、そもそも企業の活動に取り組む人たちの意識は高いのか、という現状についての理解がファクトベースによって検証されていることが大前提になるのだ。
 
これらの事実ベースでの理解が十分にできていることが不可欠要素であって、それらの事実から導かれた意味合いを考えるときに初めて“一般論”が参考になるのだ。
 
一般論の議論を“乱発”する人たちの共通点は、新しい考えを学ぶことに貪欲であること、自分なりに目指したい姿についてのイメージをもっていること、でも事実ベースで自社の置かれた状況を正確に理解していないことなのだ。
 
自分が成し遂げたいことを正当化するために、一般論を“自分の考えを正当化”するために使う。これらの考え方は自社が業績を高めることが出来ない本質的な問題を理解しないで、ただ取り組み方だけを明示して進んでいくため、会社に致命的な損害を与えることにつながる可能性があるのだ。
 
問題解決は本から一般論として学ぶものではなくて、顧客から学び、事実から学ぶものであることを再認識する必要があるのだ。
 

文責:齋藤顕一

斎藤顕一語録の著作権はフォアサイト・アンド・カンパニーにあります。
無断転載はご遠慮下さい。

BtoBにおいては営業部門において差別化を達成する

物が売れる時代には、製品開発が差別化の源泉であった。

しかしながら、売れない時代、つまり現在では、プロダクトアウト型のバリューチェーンでは、競争力を高めることができなくなってしまった。

「開発」は重要な要素ではあるものの、「開発」だけで会社の差別化は十分行えなくなっているのが現状だ。

一方、本来売上をあげることに直接かかわっている営業部門はどうなっているのか?

競争相手と比べてみると、同じように“初めに製品ありき”の営業であり、使っているツールも同じ、提案内容も“自社の製品をアピールすること”が重要であるところは変わらない。

営業活動も、訪問顧客を決め、アポ取りをし、ツールを準備し、商談し、受注と決済し、あと顧客をフォローするという流れも競合とはほとんど変わらない。

違いがあるとすると、どれだけ営業活動をうまくやれるかということと、営業個人の魅力度によるぐらい。

このことから考えると、営業部門の差別化をはかることで、競争優位を維持することができるのではないかと思う。

どのように差別化ができるのか。

顧客企業が業績を高めるうえでの課題を発見し、自社の製品・サービスにおいて解決提案し、それを実現するためのバリューチェーンを作り上げることだ。

この方法はかなり難しくチャレンジングではあるが、取り組む価値は大きい。

高度成長期にはプロダクトアウト型で成功することは、比較的容易で成果も大きかった。

新製品を開発して、それを営業が小売店に担いで行って、マス広告で認知度を高めれば、どんどん物は売れていった。

若い人の数も多く、年収は増え(もしくは増えると期待され)、車もバッグもブランドを持つことがステイタスとなり、欲しいものがいくらでもあった。

しかしながら、皆さんご存知の通り、バブル崩壊後は環境が大きく変化して、海外旅行にも留学にも興味はない、欲しいものはない、平凡で平穏なのが一番という人が増えてきた結果、いくら物を作っても売れない時代へと変わってしまった。

これだけモノがあふれてくると、自社の「新製品」は、他社の「既存の製品」であることが多い。

また、iPhoneのように新鮮な「新製品」はほとんどなくなり、目先を変えること、スペックを上げること、追加の機能を付けることが製品開発の大半になってしまう。

頑張っても、ニッチを狙ってターゲットのはっきりした製品にすることができるぐらいで、成果としての売上は小さくなってしまう。

医薬品業界でも、新しい物質は昔の何倍、何十倍に増えているが、実際に薬効のある新薬開発は難しく、2万の物質があっても、やっと1つの薬が承認される状況で、開発効率は90年代の半分以下になってしまっているそうだ。

承認されても昔の様にブロックバスター的に大きな売上げを上げられる薬は出てこない。

このような環境では、「開発」は重要な要素ではあるものの、開発だけで会社の差別化を十分に行うことは困難となってきているのが現状だ。

とすると、現代における差別化はどのように行うのか。

営業における差別化ではないかと思っている。他社とそれほど製品は変わらなくても、顧客の課題を理解し、課題を解決するための方策(売上増、生産性の向上、コスト構造の変換、など)を自社の製品やサービスをすすめることで成しうることができれば、顧客は喜び、結果業績は伸びていく。

初めに製品やサービスありきではなく、顧客の満たされないニーズに応えることを目指すわけだ。

労働力調査を見ると、従業員に占める「販売従事者」つまり営業は12%いる。

この人たちの力を生かすことができれば、大きな変化になるはずだが、営業は個人のスキルにゆだねられていることが多い。

同じ会社の営業の人に、どんな流れで活動しているかを聞くと、人によって異なった流れを言うことが多い。

スタートがアポ取りから始まる人もいれば、情報収集から始まる人もいる。最後が契約締結で終わる人もいれば、フォローの人も、次の受注につながる活動になる人もいる。

この、アプローチに対する認識の違いは大きい。

でも、営業活動は本来このように行うべきだ、という知恵が共有されておらず、個人的な活動になってしまっていることも成果をあげれない原因のひとつだ。

組織として提供している製品、営業ツール、販促物、営業教育は、すべて不特定多数の顧客向けに開発されたものであって、特定の顧客セグメントに対応したものではない。

営業の問題は、個々人の問題であり、同時に組織の問題でもある。

今こそ、個人スキルと組織スキルを上げて、営業での差別化を考える時期に来ているのではないか?

文責:齋藤顕一

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人の生産性を高めて投資に対するリターンを大きくする(2)

人の生産性を高めるために、組織自身が取組まなければならない点について先月にざっと述べた。

今回は、人の生産性を高めるために個々人がどのようにしなければならないのかを考えてみよう。

仕事がすごく“はかどった”と感じるときがある。

その時を思い起こすと、大きく3つあることに気がつく(笑)。

一番目は、なんか知らんけど気分がすごく高揚していた時。

2番目は、人が随分と手助けしてくれた時。

3番目は、仕事を始める前にしっかりと段取りしたときだ。

高揚した状況というのは、嬉しいことがあったりした時、つまりは誰かとか何かをきっかけとして起こることが多いが、自分で高揚した状況を作ることも出来る。

仕事を“やらせられている”と考えるのではなく、この仕事をすることで“なんやかんや、結構、人のために貢献できることやってんや”とか、“これでまた自分の成長に大いに役立つぞ”とか、すごい勢いで仕事をやり遂げている姿をイメージするとか、前向きに考えることで、結構高揚した気分になることができる。

ともかく、楽しいぞ、面白いぞと~と自分に言い続けることだね。

人の手助けを得た場合は当然、自分の仕事量が少なくなり、自分ならではの仕事に集中できるというメリットがある。

ただ、面白いことに、“高揚した気分”にある人が手伝ってくれるときと、そうでない人の場合(単なる仕事の上下関係だけで仕事を手伝ってくれる)では生産性に大きな違いをもたらす。

まして、嫌な気分で仕事をする人が手伝ってくれたりすると、自分の生産性も急落する。

とするとやっぱり人を大事にして大事にされることが、いかに重要ということだね。

仕事の段取りのやり方はいろいろあるだろうけど、やっぱり終わりの時間をまず決める、終わりの時間のアウトプット目標を明確にしておく、そして時間内に、その目的を達成するために、どのように仕事を進めるのかを考えておく。

これだけで、大きく生産性を高めれると思うけどな~

個人の生産性を高めるというと、なんか「ぼろくそに働けよ!」と言われているように思う人もいるかもしれないけど、そうではない。

生き方にめりはりをつけてもっと人生を楽しみながら、会社にも大きな貢献することを意味しているのだ。

お客さんにも喜んでもらえる、会社にも喜んでもらえる、生産性をあげることで自分が自由になる時間を産み出すことで、家族にも友達にも喜んでもらえる。

もちろん、自分が一番喜ぶためなんやね。

生産性をあげるためには楽観的になることが不可欠要素。

楽しいぞ~面白いぞ~と自分に言い聞かせるのはひょっとすると自己催眠の世界かも(笑)。

でも、“つまらない人生をおくっている”と嘆き悲しむ人より、はるかに魅力的に思われるのではないのかな。

楽しんで仕事をしている人の手助けをする人も、楽しんで仕事をするだろうし、“楽しみながら”が生産性向上の大原則なんだろうね。

仕事を始める前に、どのように仕事を進めて行こうか、と考える時間は無駄に思うかもしへれへんけど、実はすごく大事やと思う。

なんとなく仕事をするとか、今までのやり方をただ続けるということではなく、仕事の目的をまず考えて、その目的を実現するために必要な“作業の流れ”をいちど整理してみると、結構、生産性を高めるうえでの改善点が出てきたりする。

ちょっと、試してみたらどうかな。

文責:齋藤顕一

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人の生産性を高めて投資に対するリターンを大きくする(1)

ここ50年ほどのスパンで見ると、日本企業の総資産経常利益率(ROA)は確実に低下傾向にあるといえる。
企業は設備投資することで新たな成長を達成しようとするわけであるが、投資に対しての利益が十分に稼げなくなってきているのだ。
投資効果や効率の高い設備や機器を厳選して投資することは大事ではあるが、人の生産性を高めることを重要課題として取組む必要がある。
この場合、個別人材の行動をどのように変えて生産性を高めるのかも重要ではあるが、まず企業として“従業員が頑張る気になる”体制作りや雰囲気作りをしておくことが基本。
具体的には、どんな会社になりたいのかというビジョンを示すこと(2012年3月語録)であり、今までの継続ではなく、使命や目的にもどってその実現のために常に新しい取組みをすることだろう。
むろん、それらの新しい取組みを提案し、率先して行動する人達に報いる仕掛けも必要になることは言うまでもない。

 
人を通じて生産性を高めるということは、何年も言われていることではあるものの、ほとんど改善されていない。
 
設備や機械が老朽化していることは簡単にわかるし、キャッシュフローが許す限り取り替えることは簡単にできる。
“人の老朽化”も簡単にわかるけど、そう簡単に取り替えることはできない。
 
もっと大きな問題は“新品の人”も“組織に馴染んで使い易くなった人”も、実際には老朽化が進んでいる人が多いところにある。
 
この問題は個人だけの問題ではなく、組織の問題が大きい。
 
“人間としての価値とはなにか”、や“企業の本当の使命はなにか”などの軸足を明確にできない組織。
間違った言動をした人に対して、正しく“しかる”ことができない組織。
正しいことを発言し、“変えること”を提案する人を疎ましく思う組織。
後ろ向きになっていることすら気がつかない組織。
 
これらの問題を解決するには、まず企業自体が、体制や風土を変える必要がある。
最もわかりやすく成果につながりやすいのは、使命や目的を明確にしたうえで、それらを実現するために“新しい取組み”をすることだ。
 
新しい家、新しい服、新しい携帯電話、なんでも新しいものにはわくわくする。
簡単に取組める小さな新しいことや、ちょっと大変でも効果のある大きな新しい取組みを始めることだ。
 
大事なのはそれを提案できる雰囲気を作ることだ。
提案して行動し、成果を上げた人を報いることは生産性を高めるうえで不可欠要素だ。
 
まずそれらを整備することで、生産性向上のための準備をしておくことが重要になる。
 

文責:齋藤顕一

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組織のビジョンはどのように表現される必要があるのか

会社でも大学でもビジョンを明確にすることは素晴らしいことだ。

それは組織が将来にどのような姿になっていたいかを示しているため、組織の構成員にとっては行動の“よりどころ”になるからだ。

その意味から言うと、ビジョンは「額に入れて飾っておくもの」ではないし、「実現不可能なこと」であってもならない。

また「抽象レベルが高すぎてなにをしてよいかわからない」ものでもない。

では、ビジョンとはどのように表現されていると良いのだろう。

よくあるのは、経営者が主観的に考えた“組織のありたい姿”をビジョンにすることだが、それは正しいのか?

今のような経済環境では社会や顧客、そして重要な組織構成員である従業員が期待していることを無視できるものではなく、経営者の想いと、顧客や従業員の期待値を含めたものであることが大事だろう。

もちろん、単にビジョンを示すだけでは不十分であって、それを実現するために必要不可欠な取り組みを明確にしなければならないのは言うまでもない。

従業員を抱える組織が30周年などの節目となる年や社長の交代期に次の時代を考え、ビジョンを定めることは素晴らしいことだと思う。

それは新しい時代へ乗り出すリーダーとしての決意の表れであるからだ。

でも、多くの組織のビジョンはどちらかというと、儀式的なものであることが多く、言いっぱなしで終わっているようにも思える。

もちろん何周年記念とか新しいリーダーの就任はある意味、儀式的なところはあるものの、単に節目とか“代がわり”というようなニュアンスではなく、まさに新しい、そして厳しい戦いの場に乗り出す“総帥”としての“実現を約束する誓い”であるべきだろう。

それはどのように作ればよいのだろうか。

社会のトレンドは評価した、優良企業の取組み方も調べた、経営層の人々の意見を集約したし、従業員が期待する企業像についてもアンケートを取った。

これらの情報を基に作成されたビジョンはきっと素晴らしいものになるに違いないと思うだろう。

実はこれらの情報から導き出されたものは、“普通の良い会社のイメージ”にしかならないのだ。

まして、本当にそのような会社を目指して邁進するのかと自問自答すると、おそらくそれは違うだろうということになりかねない。

ではなにが欠けているのだろう。

問題解決に取り組んでいるみなさんなら、その答えはわかるだろう。

その通りなのです。

まさに自社が大きく成長して来れなかった“本質的な問題”がなにであるかを理解することは、ビジョンを作る時にも必要となるのだ。

ビジョンとビジョン実現のための取り組みは対になって考える必要があり、その会社の大きな問題点を解決しない限り“ビジョン”にどのようなことを書き記そうが、実現することが困難な“絵に描いた餅”になる可能性があるからなのだ。

ビジョンは自社の魅力を高め、競争力を強化する領域や方法ついてきっと触れられているだろうし、もちろんそれを実現するために不可欠な活動についても明言されているはずなのだ。

その2つが揃って初めて、従業員にとっての行動のよりどころになり、株主や顧客からも圧倒的な支持を得ることが出来るようになるのだ。

文責:齋藤顕一

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情報収集にまず取組んでみる

「問題解決法」に取り組んでみようと考える人が最初に越えなければハードルがあるとするとそれは情報収集ができること。
それも問題の本質を発見するためには、良い分析が不可欠で、それをするためには良い情報がなければ出来ないので結構そのハードルは高い。
多くのビジネスパーソンにとって、考えるための情報やデータは会社が提供してくれることが多く、みずからの意思で意味のある情報やデータを集めたことがない。
全体像を理解するためには、現在の事業領域を超えた情報が必要だろうし、ある特定分野については詳細な情報が必要になるのに、どんな情報がどこに存在しているのか、そもそも存在すらしていないのかも理解できていないのが現状。
まして最近はインターネットが発達していることもあり。ネットでキーワードを入れて出てこなければ「ない」と思ってしまう人もいるようだ。
情報収集にも順序があり、使い慣れることでレベルアップすることが出来る。
まずは基本的なことにしっかりと取組んでみることが重要。

 
最初から高度なこと考えるのではなく、まず基本をしっかりと理解して、情報収集に慣れることが大切。
下記の3つのことに取り組んでみたらどうだろう。

 
 
1.総合統計書について理解しておく
 
総務省統計局が発行している各種統計を集めた資料。目次や項目を見るだけでも、どんな情報があるのかについての理解が深まる。
最新版はWebでも提供されている。出典も記載されているので、詳細については該当する統計や発行機関にあたるとよい。
マクロデータ、業種横断の統計データにどんなものがあるのかを知っておくと、ネット検索では出てきにくい情報にたどりつくことが出来る。
特に、日本統計年鑑は、日本の主要統計を集めたものであり、一度現物を手にとって見てみると良い。

(総務省総合統計書ホームページ)
 
 
2.問合せ先についての情報源を持っておく
 
集めたデータについて、理解を深めるためには、ヒアリングが必要になることもある。
通常は、データの発行元に問い合わせることになるが、業界団体などを知っていると、ヒアリング先の幅が広がる。業界団体発行の調査した情報が貰えることもある。
Wikipediaの業界団体のページには、各種団体へのリンクが載っているし、日本経済新聞社の「ビジネスまるごと情報源」は、毎年発行されている本で、企業や官公庁、業界団体の連絡先も載っているので、問合せ先を探すのに便利。

 
 
3.実際に何度か情報収集してみる
 
情報源を見るだけでは、活用する力はつかないので、一度テーマを決めて情報収集してみることをお勧めする。
日経ビジネスや週刊ダイヤモンドなど経済雑誌の記事テーマを見て、それについて自分が調べてみるとどうなるか、を試してみるのも良いね。
これを繰り返すことで、本当の“情報を集める力”が身につくし、雑誌の記事等を見ても、ここの情報が足りないな、と言うことに気づけるようになる。
国立国会図書館のホームページの「リサーチナビ」には、“調べるヒント“としてよくある質問が載っているので、これを見てみるのも勉強になるね。

(国立国会図書館のページ)
 
 
正しい情報が、正しい問題発見に繋がり、正しい問題認識が、正しい打ち手を導く。頑張ってもらいたいね~~。
 
文責:斎藤顕一

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時間の管理人になる

どんな人にも1日24時間365日、合計8760時間が与えられている。
その時間は決まっているし、巻き戻すことも速めることもできないけど、自分の時間の使い方をマネージすることは出来る。
スピードを速めて活動すれば、1活動あたりの時間を少なくすることができるし、ゆったりと過ごすことで、時間の経過を楽しむことが出来る。
他の人との約束された時間を正確に守ることで、その人たちの貴重な時間を失わせることもない。
だらだらと惰性で時間を過すとか、もっと速めて仕事ができるのにそれに挑戦しようとしないとか、約束の時間を守らないとか、人との約束の日程・時間を決めきれないとかは、他の人のためにも、自分のためにも避けたほうがい。
時間は空気と同じようにあるのが当たり前のように感じてしまっているけど、空気も時間も超貴重。時間を意識して使い方をもっと工夫することが大事になるね。

人の時間に対する考え方は千差万別。
おもしろいことに、多くの時間は“ほかの人と共有”している。
会議、講演、食事の約束、電子メールでの問い合わせ、原稿の締め切り、提案書の作成、交通の時刻表、などなど。
 
机に座ってじっくりと考える時間や、勉強する時間、それこそ小説を読んだり温泉に入ってくつろいだり、趣味に時間を使うなど、自分だけが自由に使える時間を作ろうとすると、他の人と共有する時間をできるだけ少なくするしかない。
 
仕事を減らすのが最も早道であるけど、そうしない場合はどうするか。
ほかの人と共有している時間をコントロールすることがまず大事になる。
例えば、人からの問いかけに対して“即答する”(答えが言えないのであれば、いつまでに連絡するのかも含めて)、期限が定められている場合は、“期限前”に仕事を終える”、また“約束時間に常に正確”であることだけで、ずいぶん自分の時間管理ができる。
 
職場や組織の中で、自分の時間をコントロールする可能性のある人には、自分の重要な予定については予め伝えておくことも大事だろう。
予定された時間に間に合わないとか、会議の予定時間を越えるということは、他の人のスケジュールを壊すことを意味しているので、やるべきではない。
 
逆に時間に正確であるとか、スピードを速めて時間以内に作業を終えることによって、ほかの人にあらたに“自分でコントロールできる時間”を与えることができる。
 
時間は自分のものだけではないため、まず時間をマネージする意識と工夫が必要。
そうすることで、新たにほかの“お気に入りの人”との“共有時間”が増やせるし“自分1人だけの自由になる時間”を作り出すことができるのだろうと思う

 

文責:齋藤顕一

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忘年会ではなく望年会を開いてみる

12月になるとクリスマス音楽が流れ、忘年会の獲得を目指して飲食店は多いにはりきり始める。
確かになんとなく楽しくなる季節であり、知り合いたちもクリスマス会や忘年会の予定はほぼ決まりつつあるようだ。
そもそも忘年会ってなんだろうね。辞書には年末にその1年の苦労を忘れるために行う宴会と書いてある。
でもよく考えてみたら“苦労することで自分の成長を高めよう」と考えている人にとっては、忘年会はむしろ望年会でなければならないはずだ。
この機会にこの1年を振り返り、どんな新たなことに取組んだのか、それで十分だったのか、なにが上手く行ってなにに苦労したのか、どんなに楽しいことを経験したのか、それらからなにを学んだのか、そして来年にはどのように活かすのかを考えるべき良い機会を作るべきではないかと思う。

 
忘年会の意味がなんてあろうとも、仲間と集まり、美味しいものを食べたり飲んだりしながらおしゃべりをすることほど楽しいことはない。
お誕生日会や、クリスマス会などのお祝い会は会合の名前自体がお祝いなので、なんとなくうきうきもする。
 
これが、忘年会となると、どうも後ろ向きに感じれて仕方がないのだ。
苦労話に加えて、上司の悪口を言ったり会社の問題点ばかりを並べ立てたりしても、気持ちのはけ口になったとして聞いている人にとってはきっと気分も良くないだろう。
 
とすると、楽しいお話はもちろんではあるけど、むしろ過去1年の自分の生き方を振り返って、どんな新しいことに取り組んで、そこからなにを学んだかを話したりすることはきっと面白いのではないのかな。
 
取り組む対象としては、自分に対してなにを課したのか、お客さんに対してなにをしたのか、また人に対してどんなことをしたのか、の3つなんかはどうだろう。
 
ぼくの場合、体重を10%落とすことに取組み成功した、お客さんである問題解決を学ぶぼくの生徒たちが知り合い学びあう「ようは会」を立ち上げ会合をもった。
 
この活動は来年以降、年3~4回ぐらいのペースですすめたい、また人に対してはボランティアで参加しているICU同窓会や法人理事会の理事として新たな活動を始めたことだろう。
 
楽しいことはいっぱいあるし、反省すべきこともいっぱいあるけど、来年は今年よりも“もっとチャレンジング”な年になるのは間違いない。
来年がホントに楽しみや!

文責:斎藤顕一

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チーム演習作業の効果を高める

問題発見の演習を企業研修などでよく行うのですが、よく出来るチームと出来の悪いチームがある。
各チームの構成メンバーは5人から10人ぐらいでランダムに分けられているので人のよしあしの偏りがあるとは考えにくい。
もちろん問題解決の考え方をよく理解している人と理解していない人がいるのは当然のことだけど、それぞれのチームメンバーの発言内容を聞いていると、どのチームにも優れたひとがいるにも関わらずなぜその格差が生まれるのかを知るのは非常に興味深い。
“演習結果の違い”に影響を与える変数を考えてみると、討議のイニシアチブを取っている人の問題、チームワークの取り方の問題、討議の進め方の問題の3つぐらいが考えられる。
誰がイニシアチブを取るかでよく起こるのは、年齢とか役職が上であるとか、“声がやたらとでかい”とか、良いアウトプットを出すこととは関係のないことでリーダーを決めてしまう。
もちろん、それらの人が問題解決の考え方をよく理解していて、チームの人達の能力を引き出せるのであればいいのであるが、そうでない場合はまずうまくいかない。
チーム演習の目的は、メンバーそれぞれの人の考え方から学び、みんなでよりレベルのアウトプットへと導いていくはずなのに、“自信を持って間違った考えを言える豪傑”がいたり、そもそもあまりしゃべらない人が沢山いると、意見を自由に言える雰囲気でないので、やっぱりうまくいかない。
お互いによく知らない人同士でチームを結成するので、よけいに大変だ。討議の進め方であるが、限られた時間の中で演習を行うので(これは企業活動においてもなんでも期限が決まっているので同じ)、出来るだけ「問題の本質」がなんであるかについての討議をすることが重要になるのであるが、ともすればリーダーを誰にするかを決めるために膨大な時間を使ったり、細かい事実をどう解釈するかの討議に時間を使ったりする。
面白いことは、優れたアウトプットを出すチームは、ひとつだけ出来ているのではなくこの3つのすべてについてうまく取り組んでいることだ。
演習をどう進めるかは学びのレベルに大きな影響を与えるので、チーム演習への取り組み方を真剣に考えることは大きな意味があるのだ。

 
チーム演習からなにが学べるのか?
チームメンバーの人がどんな考え方をしているのかを知り、そこから自分の考えを見直してみる。
 
“なるほど!そんな考え方をしていなかった”とか“その考え方はちょっと無理があるぞ”みたいに、自分の考え方を確認し、新たに考えを広げたり深くしたりするためのアイデアをもらえたりする。
 
それだけではなく、チームをどのように機能させればよいのかとか、どのようにすると人の考えを引き出せるのか、ということまで学べるのだ。
自分個人で孤独に考えるだけではなく、より多くのことを学べる機会だから、その機会を有効活用しない手はない。
 
ではどのようにすると効果的なチームを作ることができるのか?作業の進め方に沿って考えてみよう。
 
問題の本質を考えるためには、まず事実に着目する。
チーム作業では“事実の書き出し”をポストイット上に行うわけだが、良くないチームは書き出す段階で個人の解釈で選別してしまっている。
 
一つの事実だけではそれほど重要そうに見えていなかったものも、ほかの事実と一緒に考えると重要な意味を持っていることがあるので、ともかく事実を書きだすことだ。
 
次に沢山ある混在した情報を(ポストイット)仲間同士を集めるように分類するのであるが、ここで差が出てくる。
 
やたらと大きな括りで分類しようとしたり(外的と内的みたいなもの)、最初から知っている意味のないフレームワーク(人・モノ・金みたいなも)を決めてそれで分類すると、なにが起こっているかを理解するのにやたらと時間がかかる。
そうすると大事な問題の本質について討議する時間が減少しありきたりの考えしか出てこない。
 
フレームワークで整理する意味には2通りあって、全体でなにが起こっているのかを自分たちが理解しやすくするためと、もうひとつは人に理解してもらえるようにするためがある。
 
慣れないうちはまず“自分たちが理解するために分類する”ことが大事で、情報の分類を“明らかに同類”と考えられるものを、それほど情報量が多くなくてもまずグループ化して、それを要約するのがいいだろう。いくつかの“要約文”が出てきた段階で、それらの整理軸を眺めて、人に説明するためのフレームワークを考えてもよい。
 
企業の本質的な問題を理解するためには、大きなくくりとして市場・競合・自社とか、取り巻く環境(市場と競合)・自社戦略・自社体制というような分け方があるので、それで整理して考えても良い。
 
グループ化された情報を要約する時に大事なことは文章の意味を理解して要約することで、文章を単にまとめることではないことだ。
 
このようなアプローチで考えるとすると年齢とか役職は関係がないことがわかるだろう。
 
事前に演習テーマも決まっていて資料が配布されている場合が多いのだから、自分なりに“なにが本質的な問題になるのか”を論理的に整理しておいて、みんなで自分がやったものを持ち寄って、論理的に説得力のあるのを選んで、それをたたき台として討議するのは有効だ。
最初からリーダーを決めるよりははるかに効果はありそうだ。
 
また、誰が全体の討議のイニシアチブを取ろうが、自分の考えを述べたり、ほかのメンバーに意見を求めたり、ともかく全員の知恵を結集できるようにする必要があるだろう。
 
チームワークが取れているグループは明るく笑い声が満ち溢れている。話しやすい雰囲気づくりに全員が努力すべきなのは言うまでもない。

 
文責:斎藤顕一

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経験年数は意味がない

世の中でわりと重要視されている言葉として“何年何十年の経験がある”という表現がある。
確かに、「私は、教員生活を30年やってます」とか「私は職人として25年の経験があるのです」と言われると、それはすごいですね~と多くの人は反応する。年数の蓄積には重みがあるということやね。
また、若い人の中には、「経験がモノを言うのであれば、これは年を取らないとダメだということですね」という人もいる。
これらの反応や意見は正しいのか?必ずしも正しいとは言えない。
本来の“経験”とは、信念を持って自分を成長させるために無我夢中になって取り組んだ期間と内容に関係があるからなんです。
だから、60歳の大学教授が35年の経験があると言ったとしても、夢中になって研究に取り組み研究者として自分を成長させた時期が大学院を含めて最初の10年間であれば、この人の経験は10年しかないことになる。
一生懸命に取組んだ時期が1年で、その1年の経験を10回繰り返しても、経験は10年ではなく1年ということや。
逆に、時間軸にスピードをあげて取り組むことが出来たとすると、その人の“経験年数”は飛躍的に増えることになる。
例えば、行動するスピードを速めると普通の人の成長のスピードよりも3倍ぐらいは速く成長することができる。
とすると、スピードを速めて一生懸命に自分の成長に取り組んで来た30歳の人にとって、大学卒業後の8年の経験は、実は普通のスピードで過ごしている人と比較すると、実に24年の経験を経てきたとも言える。
「僕の年齢は今30歳ですけど、真剣に問題解決に取り組んでいる実経験年数を加えると、なんと46歳の年齢の人の経験を持っているのです」なんて、言えるようになりたいもんだね。

 
なにを経験したかは重要ではあるものの、「経験したこと」は、「経験していないこと」よりも素晴らしいとは思う。
しかし経験年数に話が行くと急にテンションが下がってしまう。
 
これは人生経験も同じで、経験年数が長いつまりは年をとっているから、”その年齢に応じた魅力“を感じるかというとそんなことはない。
その人の生きるスピードと質に、つまりは”生き方“にしか魅力を感じない。
 
それが専門領域に関しての話になると、なぜか人は”経験年数が長いことは良いことだ“と思うようになってしまう。
 
それを意識しているせいか、ぼくは人にはコンサルティングの世界に何十年いるのですとは恥ずかしいから言わない。
 
それはあたかも、大学はどこで、どんな会社に勤めているのかを言うことで、自分の実力ではなく相手の人が持っているはずの”大学や会社に持つ良いメージ“で見てもらいたいという意識に似ている。
本当の経験年数とは”実力“の話になるわけだ。
 
だから企業人で「製薬の世界に20年いる」からと言って、”知識“だけは20年分の業界に関する蓄積はあるかもしれないけど、「現状評価した結果、これらから導き出された意味合いはこういうことで、わが社が取組むべき道はこういうことだ」と言うような”知恵“を言えないとなると、それは20年に値しないで、せいぜい5年の話にしかならないのだと思う。
 
とするとやっぱり「実経験年数を増やすためには、考え方を学びスピードを高めて行動すること」しかないということやね(笑)。
頑張りがいがあるな!

 
文責:斎藤顕一

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大きな壁も「勇気ある最初の小さな1歩」で越えることができる

問題解決法を学んでいる学生が最初に迎える大きな壁はどうも情報を集めてそれを分析するところにありそうだ。
問題解決の考え方とかフレームワークをどう使うかなんかは、「目から鱗が落ちたぞ~」とか「な~るほど、こんな考え方もあるんや~」というように、今までの考え方にちょっとした“刺激”を与えるかもしれないけど、「情報を集めて分析する」というのは、それまでの“考え方”を知ることとは全然違う世界に突入することになる。
それは、最初に学んだことは“考える世界”だったのが、実務の世界に入ることを求められると同時に、それらをベースに考えることを求められるという二重にしんどいことだからなのだ。
今まで情報を集めたこともない人にとって、“価値のある情報を収集せよ、そしてそれらの数字をチャート化して、なにが起こっているかを説明しろ”と言われても、“目が点”になるぐらいだろう(笑)。
問題解決力を身につけ会社の業績をあげるためには、事実をどれだけ理解できるかにあるため、どうしても情報を集めて分析するプロセスが必要でそれから逃げるわけにはいかない。
 
ではどのようにその大きな壁を越えるか?
ここで理解して欲しいことは、実は“大きな壁も、小さな壁が重なりあっているだけなのだ。
だから、恐れないで、まず自分達が知っているすぐ手に入るデータをチャート化することから始めるのが良い。
最初は越えるべき壁が”富士山“のように思えて「こりゃ、あかんで~」と思うのではなく、まず東京は港区にある愛宕山から始めるみたいなもんや(笑)。
”びびる“のではなく、まずチャートを書いてみて、そのチャートをじっくりと眺めて考えてみる。それが分析の始まり。
そこで”なんでこうなってんの?」という疑問を持つことが重要。
その疑問に答えるために、また数字を集めてチャートを書いてみる。
それを繰り返しているうちに、気が付いたら富士山の頂上におった~ということや。まずは最初の勇気ある一歩を踏み出すこと、そして2歩3歩と進んで行くことが重要なんやね。

 
コンサルティング会社を目指す人が最初に受ける洗礼は、“目的はこんなことで、それを満たすために、これこれのデータを集めてチャートを書いて、発見したことを説明してや~”という作業。
そんなデータがどこに出ているのかをまず知るのが最初。
 
それが見つかったらなにが起こっているかを理解するために、チャート化(ビジュアル化)して考える。
それを繰り返し、重要なことについては深堀していく。
最初は時間がかかるけど、今まで知らなかった事実を発見し、どこに機会があるかがわかり始めて面白さを感じ始める。
 
最近はコンサルティングだけではなく、企画部門のようなスタッフ部門は当たり前としても、営業部門のようにライン部門でもこれらの作業が出来るように学び始めた。
事実をデータとして分析することのみが、ビジネスにおける“宝の山”を発見できることに気がつき始めたからだ。
 
“宝の山”は簡単には発見できない。
良い話には必ずと言っていいほど、最初に非常にしんどい難関な道が待っている。
 
この場合は、良いデータを探し、それを分析するという作業なのだ。問題解決の道を歩み、宝の山を発見しようとする人には避けて通れない道であるため、ともかく前に進むしかない。
 
“データを集めて分析する”と聞いただけで、そのような経験をしたことの無い人には、流れの早そうな川にパンツだけで飛び込むように思うためなのか(笑)、川にも入らない人が結構いる。
川に飛び込んでも、川での効果的な泳ぎ方を実践しないため流される人も確かにいる。
 
最初は緩やかな流れに乗り、そのあとでちょっと急な流れに入るようにすればいい。そのうち、楽に川くだりができるようになる。
 
“情報を集めて分析する”という困難な作業も、誰でも取組めるところから、徐々に取組めばいい。
データを集めることが大変なら、自社のすぐ取れるデータをチャート化して考えることから始めたらいいだろう。
 
1枚のチャートになぜそうなるのかという疑問を持ったらしめたものだ。
それは川の流れに乗り始めたことを意味しているのだ。
 
まずは未知のことに対しては、最初から諦めるのではなく勇気を持って取組むことだ。
1歩2歩3歩。そうすると、何10歩先か、何百歩先かに“宝の山”が見えてくる。それまで、地道に歩き続けることが大事なのだ。

 
文責:斎藤顕一

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知のネットワークを広げ、心のネットワークを作る

本を読む、学校での講義を聴く、仲間や先輩のプレゼンを聞く、友達や知り合いと話をする。
そうすると、自分が知らなかったことを知ることが出来たり、おぼろげに感じていたことが人の言葉を聞くことで明確になったり、今までそんな考え方をしたこともないことに気づかされ感動したりする。
ここで終わってしまうと、自分の閉じた世界で終わってしまう。
それらの新しい考え方に触れることで、一度その考えを自分でも試してみようと行動してみる。
行動してみることで、初めて人から聞いた言葉に対してその正しさに確信を持つようになる。
そうするとまたその人たちの言葉に触れたいと思うようになる。

 
そのような同じ気持ちを持った人たちがいつの間にか気がついたら集まっている。
知のネットワークの始まりだ。
その時点で知識は知恵に変わっているだろうし、お互いの知恵に対して敬意をいだくようになり、そこに心のつながりが出来始める。
そこには今まで過ごしてきた環境も、学校も、職場も、年齢も、性別もなんら関係ない。
そのつながりは、学校や職場での同窓であることから始まるということよりも、自分を成長させたいと願っている人たちの集まりの中から芽生えるのではないかと思う。
そんな集まりがいっぱいあればきっと楽しいなと思うし、世の中はもっと良くなりそうな気がする。
そんな機会をみんなが作れるようになるとすごいと思う。

 
異業種交流会なるものには出かけないのだけど、聞くところによると名刺を交換し、自分の会社の売り込みをすることに一生懸命みたいらしい。
 
同窓会の集まりに行くと思い出話や今どんなことをしているのかなどに話の花をさかせる。
友達に会うと共通の話題が多いために会話は盛り上がる。
 
これらのことを懇親目的のネットワークづくりと呼ぼう。
 
知的なネットワークは、もちろん自分からそのネットワークの一端を担おうと思わない限り参加できない。
ネットワークの一端を担うためには、自分の知的レベルが他人にどう思われていようが、自分自身が一生懸命考えたこと、また感じたことを人に伝えていく必要がある。
 
懇親目的のネットワークでは自分をちょっとかっこ良く見せることもあるだろうけど、知的ネットワークに参加する意味は、“自分なりを表現すること”が大原則。
 
自分の成長を志向している人にとって“正解の考え”は存在しておらず、いろんな人のいろんな意見や考えから、自分にとっての意味合いを考え、自分の考えを正したり確信をもったりする。
 
だから着飾る必要もないし、人の賛同を最初から求める必要も無い。
名刺に書かれた会社の名前や肩書きも最初はなんか意味がありそうだけどそれだけで終わり。
人は会話の中に、その人の魅力を見出す。
 
大事なことは自分の素直な考えを表現し、人の意見に耳を傾け、自分が貢献できそうなことについては提案すること。
人のために尽くそうとする人には確実に人から助けられる。
 
このような関係が出来たときに、気がついたら心のネットワークが形成されており本当の信頼関係ができているのだろう。
 
まず、知のネットワーク作りに参加することから始めたらどうだろう。
 
文責:斎藤顕一

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“考えろ!”ではなく方法を教える

「言われたこと指示されたことはなんとか出来るけど、自分の頭で考えて行動する社員や考えをまとめて提案できる社員がいなくて困る。
管理職ですらそうなのだから会社の業績があがるわけがない」と嘆く経営者がよくいる。
もちろん思いつきで行動されて失敗するのも困るわけだけど、なぜ考えることが出来ないのか?
これは社員に能力がないのではなく、“考えるとはどういうことか”がわからないからなのだ。
考えるためには“考えるための材料”を自分で探し出すことを教えてあげないと旨くいかないのだ。
考えるための材料とは、経験とか本から得た知識ではなく、事実ベースの数字であり、顧客に質問して聞きだしたことなのだ。
それらに関して、なぜそうなっているのかについて疑問を持ち、答えを自分なりに見つけようとすることが“考える”ということなのだ。

 
企業の管理職の人に「今の部門業績はどうなっていて、その業績を高めるためには具体的になにをしているのか?」という質問をしてみる。

業績については先月に比べて売上や利益がどうなっているかはほとんどの人が答えることが出来る(過去1~2年の月別変化について答えることが出来る人はまずいない-笑)。

しかし、具体的になにをしているかの問いに対しては、業績悪化の原因とは関係がないことを言うか、「会社方針に従って、会社が決めた重点事項に一生懸命頑張って取組んでいます」と言うか、しかない。

そして一般社員に対しての問いかけ「自分の売上をもっと上げるためにどうしているのか?」についての答えも、「管理職からの指示に従っています」「頑張っています」というように、思考停止している状況になっている。

もちろん、管理職や一般社員のなかには、「業績はこうなっているのですが、どうも原因はこんなところにありそうです。だから、こんな取組みをしているのです」という人もたまにいる。

なにが違うのか。自部門や自分の数字の変化、顧客データベースに記載されている内容の変化、また実際に自分の顧客に質問してなにが起こっているのかを理解しているか、していないのかの違いなのだ。

過去の経験や書籍から学んだ一般論から、当たり前のことを言っているのではなく、直近で起こっている変化を理解した上で、課題の解決法を考えているのだ。考えるための材料がなんであるかを示すことができたら、次に数字をみて、それらをどのように読み取れば良いのかということについてアドバイスする。

また顧客にどのような質問をすれば良いのかということを、断片的に教えるのではなく、体系的に筋道を示しながら教えてあげると初めて“考えることの出来る社員”を作り出すことができるのだ。

文責:齋藤顕一

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「今さらですが、問題解決は実学です」

先日、取材で「これだけ問題解決が重要視されるようになって来ているのに、なぜ大学で積極的に教えないのですかね?」という質問を受けた。

その時、私が思いついた答えは「普通、大学では学問を教えるけど、問題解決は学問ではなく実学だからなのでしょう。

実学なので学問を究めようとしている学者には教えられない。

日々、実業において問題解決に取組んでいる人から学ぶしかない。

もちろん、問題解決に取り組んでいる人が教え上手とは限らないけどね」だったのです。

だからこそ、アプローチやフレームワークをただ覚えるのではなく、「問題解決の考え方」をしっかりと学ぶことが重要であり、その考えを実業の世界で実践して、試行錯誤し自ら会得することしかない。

“問題解決の考え方”はビジネスだけではなく、大学経営、自治体経営、それこそ同窓会や町内会のような小さな組織にも使えるので、現場で学んだ考えを試し、結果について考え、またやり直すことをやり続けてもらいたいものだ。

一般の大学の経営学部教授や学生の話を聞いていると、彼らが教え学んでいることは、私が考えている「問題解決の考え方」とは随分と違うらしい。

私にとっての「問題解決の考え方」とは、企業の業績を向上させる上で「なにが本質的な問題なのか」、「それを解決するためにはどのような取組みをすべきなのか」を見極め、成果を創出するところにある。

要は「業績をあげることが出来るか、出来ないか」の話であって、「このような取組みをするとうまく行く可能性が高い」というように、一般的な理論や取り組み方を学んでもらっているのではない。

そもそも、そのような一般論によって企業業績をあげることが出来るわけではない。

個別企業にとっては、その会社を取り巻く競争環境も違うだろうし、その会社の実力度合いも、人のやる気度も千差万別であって、ひとつの理論や方程式で問題を発見でき、そして解決の方法を導き出せるものではない。

まさに、事実に着目することや、顧客を観察し顧客から学ぶこと、そして従業員や管理職の気持ちを理解することなどを含めて考えることで、初めて「問題解決の考え方」が実践できることを意味する。

企業業績向上の阻害要因は、それこそ無数に存在する。

現場において発見した多くの“問題点”についてなぜそのようなことが起こったのか、その問題の源はどこにあるのか、を考え続ける。

それを発見して、解決法を導き出すのは、まさに「実学」の領域である。

「問題解決の考え方」は、記憶すれば済むものではなく、その考えを現場で使い、試行錯誤することで初めて自分のモノになる。

その一連の“考えること、考えを人に伝えるために表現すること、そして考えを行動に落とし込む”取組みに周りの人が良い影響を受け、結果的に頼られるようになる。

これが実学によって得られる成果だと思う

文責:齋藤顕一

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新入社員は5年間は死にものぐるいで働け

世の中で存在感を示している「成功した人たち」にインタビューしていると、人が成功する理由は本当にいろいろあるのだな、と感心してしまう。
学校で勉強をしなかった人もいれば、勉強に夢中になった人もいる。
一貫して自分の夢の実現を目指して頑張った人もいれば、目の前に降ってわいたような話に飛びついてチャンスをつかみ続けた人もいる。
様々なやり方はあるが、そんな中にもいくつかの共通点は見出せる。
そのひとつは、大成する物事を始めたときに、一生懸命だったことだ。学生時代に勉強しないで好きなことだけやっていた人も、社会人になった時にはそれこそ猛烈に仕事に取り組んでいるのだ。
それも単にガムシャラに働いたのではなく、上司の期待値を理解し、その期待値を超えようと努力したのだろう。
そこで苦労して、単に我慢する方法だけでなく、どのように問題を解決すれば良いのかを体験すると同時に、それが楽しいことであることを学んでいるのだ。
それが将来に大きな影響を与えたことは間違いない。
社会に出た最初を、そのように頑張り続けて過ごす人と過ごさない人との違いはいかに大きいことか。
それは新入社員というだけではなく、新しいポジションを得たとき、新しい部門や新しい会社に変わったときも同じことが言えるのだろう。

現役大学生と話をしていると、“どうすれば楽をしてお金を儲けられるのか”とか、“どうすれば入社試験の面接をうまく乗り越えられるのか”とかの質問を受けることがある。
 
入社2~3年目の社員からは、“上司は、指図はするけど教えてはくれない”、“忙しすぎて勉強ができない”との話もよく聞く。
 
これはどういうことなのか。
客観的に評価すると“自分の成長は自分自身が負う責務である”といの認識を持っていないと言えるかもしれない。
 
しかし、それでは成功している人達は、そのような“高度な認識”を最初から持っていたかというと、必ずしもそうではないのだ。
 
彼らの大半は、自分のボスの期待値をなんとなく理解し、その期待値を超えるために猛烈に頑張っただけなのである。
それと同時に、自分のその時の能力では期待値を満たすには不十分なことを知り、足らないところを強化しようともしている。
 
何より、自分には無理なので誰か別の人にやってもらおうとか、言われたことだけを適当にやっていればいいのだ、と考えて、苦労から逃げることだけはしなかったのだ。
 
自分のレベルが上がれば相手の期待値も上がる。
こうして段々高まっていく期待値を満たすために“自分の頭で考え、試行錯誤するプロセス”を通ることで成長のスピードを高めたのだ。
 
むろん自分なりに苦労して得た成果への喜びは大きく、次の飛躍の原動力になったのは間違いない。要は良いサイクルを自分で作り出したのだ。
 
もし、みなさんが新入社員を預かる先輩であるとするならば、単に仕事を与えて忙しく働かせるのではなく、期待値を示しその期待値を達成するためのヒントを教えてあげるといい。
 
また、時にはその人達の伸ばすべき弱点を指摘し、その解決のためにどうすればいいのかの例示を教えてあげることも良いだろう。
 
自分で考え苦労させることが重要であるので、答えを教えるわけにはいかないのだ。
 
自分を磨き、期待値を満たし、成果を達成するためには、未熟であるがゆえに、猛烈に働かないと追いつかない。
 
自分が働く企業にもし”成長志向の文化“がなく、自分の周りに”良い師匠“がいないのであれば、3年頑張る程度では不十分だろう。
 
それに、今のように変化のスピードが激しいときには、自分の考え方や行動のとり方のパターンをある程度見極めるには、やはり5年の期間がいるのではないか。
 
だから、必死で頑張ったらいい。そのような苦労は必ず報われるものだ。

 

文責:齋藤顕一

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